当尾の石仏を巡る〜その2〜

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2019年12月28日撮影

先日、岩船寺、浄瑠璃寺の紅葉を見に行ったときに当尾の石仏も見たのですが、まだまだ見ていない多くの石仏があるようです。今回は石仏だけを見に当尾に出かけました。

石仏巡りの参考になるマップは木津川市観光ガイドサイトから当尾の石仏マップをダウンロードというリンクをたどるとダウンロードすることができます。

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まず、岩船寺近くの西畑口の六体地蔵へ。この地蔵はお墓の入り口でよく見ることができる六地蔵ですが、一つの石龕(せきがん:石の厨子)に六体の地蔵さまが刻まれている珍しいものです。地蔵さんが六体おられるのはそれぞれが六道(地獄、餓鬼、畜生、阿修羅、人、天)に対応していて、死者の霊が六道に迷い苦しまないように、それぞれの道に地蔵菩薩が救いの手をさしのべてくれているのだそうです。

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六体の地蔵さんには菊の花とろうそく、小銭としめ縄のようなもの、紙を巻き付けた竹片がお供えされていました。

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岩船地蔵石龕仏を探したのですが見つけることができません。岩船寺から西畑に抜ける山道を少しそれると広場に出ました。多分昔は児童公園だったらしくブランコが残っています。MAPによると岩船観音寺跡六字名号板碑のようです。箱に入った石仏が30体ほど整然と並べられていました。

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西畑から東小に移動して、あたご灯籠を見に行きました。この灯籠はバス停の脇に立っていてとても見つけやすい場所です。

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人が行き交う場所の明かりとしてこの石灯籠が建立されたのでしょう。遠くから見るとバスを待っている妖怪のようで、となりのトトロのバス停のシーンを思い出させてくれます。

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前回も訪れたので、再訪となる「藪の中三尊仏」です。そばに設置されている案内によると銘文には「東小田原西谷浄土院 弘長二年 大工橘安縄 小工平貞末」とあり、弘長二年(1262)は当尾の石仏で年号が刻まれているなかで最古のもののようです。

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三尊仏から道路を挟んですぐの釈迦寺跡に建つ首切り地蔵です。案内によると、このお地蔵さまも弘長二年(1262)とされていて、藪の中三尊と同じ年の建立です。本来の名前は東小阿弥陀石龕仏なので地蔵様ではなく、阿弥陀様なのです。「首切り地蔵」の別名は、首のくびれが深く切れているように見えるからとか、昔処刑場にあったからといわれています。

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浄瑠璃寺から200mほど西にある長尾阿弥陀磨崖仏です。道路のすぐ脇の岩に阿弥陀如来坐像が彫られています。車の往来があるので写真の撮影には注意が必要です。
蓮弁の台座に座られておられ、風化のためかお顔の様子はよくわかりませんでした。

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長尾阿弥陀磨崖仏からさらに200mほど移動すると西小(にしお)墓地石仏群がありました。周りにあった無縁墓や石仏がここに集められたようで、石碑の風化の具合から見るとかなり昔の時代に造られたようです。五輪塔は重要文化財に指定されています。