JR和歌山線高野山口駅周辺をぶら歩き

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2026年1月19日撮影

ちょっとレトロな町並みを歩きたくなって、JR和歌山線の高野山口駅まで行きました。高野口駅はかつては高野山への参拝客で賑わっていたようで立派な木造の駅舎です。

剥げ落ちかけている白ペンキの外壁、木製の窓枠とガラス窓がなんともいい味を出しています。今日は半日授業なのか、列車待ちの学生さんを待合室やホームで見かけました。

駅の眼の前にあるこの建物は葛城館です。見上げるほど大きな木造三階建ての建築物で、参拝客で賑わっていた当時は旅館として営業されていました。平成24年度に保存修理されており、現在カフェとして営業しています。

お昼時なのでSNSでおすすめされていた高野蕎麦の「ここね」さんへ、駅からすぐ近くです。

古民家を改装されたおしゃれなお部屋で十割そばをいただきました。

町中をぶらりぶらりと散策していると小学校にたどり着きました。

橋本市立高野口小学校です。昭和12年に建てられた、木造平屋建ての校舎で、学校の創立は明治8年で150年前だそう。なにより驚くのはこの校舎が現役の小学校校舎として使われていることです。当時の街の繁栄や児童教育に対する熱意が感じられます。

グラウンド側に回ると校庭を見ることができました。ちょうどお昼休みで子どもたちが校庭で遊んでいます。

学校を後にして、古い町並みがのこるババタレ坂を目指します。

まあ、なんともひどい名前が付けられたものです。
案内板によりますと、、

       ババタレ坂(高野街道・大和街道)
明治33年紀和鉄道(当時)高野口駅が開設されて以来、
高野山への本道として賑わい、多くの参詣客が徒歩や人力車で通ったところです。
高野山の杉材(成育九十九年毎)を九度山町入郷の営林署からJR高野口駅まで牛馬によって運ぶ際に、駅手前の急な坂で牛馬がババ(糞)をしたために、
この先の天井川に架かる橋までが、「ババタレ坂」と呼ばれるようになりました。
高野口町

ということらしいです。

名前はともかく風情のある坂道で写真映えするとことでした。

町内をぐるりと一周廻って再び駅前に戻ってきました。

カフェ営業中の葛城館に入ってみます。

3階の窓越しから見る高野山口駅の駅舎です。ガラスがレトロな大正ガラスなのでゆらりと歪んで見えます。

この日はお客さんがいっぱいおられてオーダーを受け付けてくれるまで待つ必要がありました。帰りの列車の時間が迫っているのでお茶休憩はあきらめて帰路につきました。